トスカーナの本
ふたりのトスカーナ (竹書房文庫)
訳本『ふたりのトスカーナ』の原作、イタリア語の自伝的小説、の原題を直訳す
れば『空が落ちてくる』である。「意外な事件が降りかかってくる」ことを読者 に予感させるようなスリリングなタイトルである。実は、この邦訳は原作の直訳 ではなく、ドイツ語訳を元にした「孫訳」(2番煎じ)である。原作は戦争孤児 になったイタリア娘(被害者)の観点から書かれている。ところが、ドイツ語訳 は、このイタリア娘の養母一家(ユダヤ人)を虐殺したナチス・ドイツ将校(加 害者)の観点から語られている。というのは、ドイツ語訳者は、独裁者ヒットラー の片腕であった人物の姪にあたる女性であったからだ。原作が出版されたのは1 961年であった。すぐ翌年、英訳が出版された。ドイツ語訳はその後なかなか 出版されなかった。この事件の加害者であるドイツ人の読者たちにとって、この 醜い事件をすなおに「事実」として受け入れる心の準備をするために長年の歳月 がかかったからだ。ついに1999年になって、ドイツ語版が初めて出版された。 そして、それがきっかけになって、2001年にこの原作がイタリアで映画化さ れて、世界中に感動を呼び起こした。その映画が日本で初公開されることになっ た2003年の初めに照準を合わせて、この邦訳が出版された。しかし、この 「孫訳」の段階で、明らかに意図的な「題名のすり替え」が起こった。題名『ふ たりのトスカーナ』にも、訳本の表紙(あどけない笑みを見せる2人の少女)に も、悪い知らせを予感させるものは微塵もない。もし私が訳者だったら、たとえ 「意訳」はしても原作により忠実な、『ある夏、突然に』あるいは『晴天から霹靂』 というようなタイトルを選んだだろう。旧日本軍は太平洋戦争中、中国大陸や南方 で、侵略を繰り返し、罪なき住民を大量虐殺した。従って、その歴史的事実を背負っ た戦後に生きる我々日本人読者は、ドイツ人読者と同様な(加害者の)立場にある はずだ。しかし、この邦訳者は、それを、まるで「ひた隠す」ような題名を選んだ。 敢えて「原作」、あるいはそれに忠実な「英訳」を邦訳の原本にしなかったこと にも、意図的な選択が感じられる。従って、この邦訳が原著者の気持を、どれだ け忠実に伝えているか疑わしくなる。私は、この邦訳よりは、むしろ原作のイタ リア映画をじかに観賞することをお推めしたい。 丸田 浩
40年近く前の、イタリアとアメリカでのベストセラーを、映画化を機会に日本で出版。イタリア語の原書を訳したドイツ語からの日本語訳なので、細かい表現へと立ち入れないのが残念。イタリア映画のみならず日本映画・文学でもよくある、児童戦争文学ですが、日本での同種のジャンルでは、軍国主義に悪を帰そうとする結論が多勢をしめるが、世界への虚無的な表現はあっても、安易な反戦やファシズム否定に流れないのが、文学として健全で大変よろしい。
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