インド旅行記・滞在記の本
21世紀 仏教への旅 インド編・下 (21世紀 仏教への旅)
齢70を超えた著者が、ブッダが布教に訪れた地を巡る旅の最終章。
没後2500年を経てなお慕われ続ける高僧が、人生の最期に立ち寄った場所に立って 何を思うのか。 現代インドの姿を映しながら綴られていた上巻に比べ、下巻ではブッダの言葉の引用、 その解釈にかなりページが割かれている。 原文(多くは中村元訳「大パリニッバーナ経」より抜粋)では難解な文脈も 著者の助けによりずいぶん理解・想像しやすくなっている。 そして、終章では −人口の8割以上をヒンドゥー教徒が占めるインドで 何故仏教が興ったのか、そして、何故いまなお弾圧されているのか− に鋭く迫っている。 ブッダが2500年前仏教を興し布教活動を行うという形で示された階層社会への問題 提起は、その後、20世紀インドの新仏教運動のリーダー・アンベードカル博士、 そして、インド国籍を持つ日本人僧侶・佐々井秀嶺師へと引き継がれ、いまも続いている。 ブッダの教えそのものを紹介するだけでなく、インド悠久の歴史を背景に直に触れ、みつめ、 肉声を聞いてきた著者の言葉には並々ならぬ重みが感じられる。 そこには宗教というものが、良くも悪くも、いかに人間の暮らしと結びついているかが 浮かび上がってくる。 さらには、起源を同じくするものが、その根ざす土地によっていかに変質していくかには ただ驚くしかないのである。
一冊の文庫本を携えて、なおも旅を続けている。中村元訳「ブッダ最後の旅ー大パリニッパーナ経」(岩波文庫)である。
さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい」と。(158ページ) これがブッダの生前に発した最後の言葉となった。 ブッダの最後の旅の終着点、クシナガラの涅槃堂。35歳で悟りを開いてから80歳でこの地で入滅するまで、ブッダは亜大陸を歩きに歩き、説法を続けた。その伝道の精神を問うのが著者「仏教の旅」であった。 安逸な日常に慣れきった身体にはきつい旅だったと言う。しかし、さまざまなことを知り、ブッダとはこういう人だったのか、仏教の始原とはこういうものであったのか、とひとつひとつ発見し、目覚めていく旅でもあった。旅の途中、寂しい寒村で亡くなった。そういうブッダの姿に、心から共感し、あこがれ、尊敬の念を感じずにはいられないのだった。 ブッダの死から2500年後の今も「仏教の旅」はずっと続いている。私の旅も、まだ、終わらない。21世紀の仏教をを考える旅は、これからも続く。はたしてその先に何が見えてくるのだろうか。 本書巻末はこのように結ばれていて、今後の五木寛之「仏教の旅」が末長く続くことを期待してやまない。
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