ローマ人の物語(文庫版)の本
ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上) (新潮文庫)
確かにローマやカエサルについて知るには程よい事実の羅列だと思う。
だが読めば読むほど参考文献になりえないものだと思えてくる。 また本人も言っている通り、塩野七生はあくまで作家、小説家であって、文献一覧、もしくは脚注にこの作品を並べてしまうといやな顔をされるほどであって、あくまで基礎事実の理解のためだけに読むことをお勧めする。ていうか事実の羅列であって解釈というものがないために史学的な論文でなく単なる小説ととらえている人が多いので、史学で専攻しようというなら気を付けて欲しい。ただ物語・歴史小説としては秀逸だと思う。趣味で読むならいい作品。
カエサルがルビコンを渡り、ローマは内乱状態に入ります。
主な原典も「ガリア戦記」から「内乱記」へ変わり、塩野氏の文章も微妙に雰囲気が変わります。その理由は塩野氏がいうとおり、カエサルがそれらを発行した目的が異なるためであり、「内戦」という性格の戦争を描く以上、読者(国民)への配慮がなされているもの、ということ。硬貨発行をプロパガンダに活用したくだりといい、カエサルは国民の心をつかむセンスが豊富にあったということなのでしょう。 それにしても印象的なのは、カエサルの戦上手なところ。ファルサルス会戦で戦力的には劣る自軍を圧倒的な勝利に導く手腕は見事です。本書の見所のひとつです。
カエサルがルビコン川を渡ったのは紀元前49年1月。アレクサンドリア戦役が終わったのは紀元前48年の秋。この、わずか2年弱の期間を扱っただけで1冊の文庫本になってしまうことが軽い驚きだが、その短い間の激動の歴史は驚きの連続だった。この間、カエサルはイタリア半島を北から南へに縦断し、マルセーユ、スペインで戦い、ギリシアでポンペイウスを破り、エジプトへ向かう。単なる比喩としてではなく、文字通り「縦横無尽」に動き回った。
カエサルは常に戦力で相手に下回り、ひどい苦戦を強いられ、ときには兵士からストライキを食らうなどの困難にぶつかるにも関わらず、最後には勝ってしまう。決して憤怒や憎悪の感情を表さず、逆境にあっても明るさを失わず、一敗地にまみれても威厳を失うことはなかった。勝利や敗北、敵と味方、政治と宗教、多勢に無勢。人はこれらのことに執着して心を奪われたり乱したりするが、カエサルにはそういうところがなかった。現実を直視し、勇気と理性とユーモアを愛し、どんなときでも自分のスタイルを貫いた。 書物を通じてであれ、こうした巨人を知ることができてよかった。
カエサルが常に苦境を背に、量では圧倒的に不利な条件から、いかにポンペイウスを破っていったか、その全てがここに書いてある。
部下への飴とムチを使いこなすカエサルの手腕は素晴らしい。「甘え」と「図に乗る」の狭間で部下をどのように扱うか・・・部下にストライキを起こされたりコテンパンな敗戦を経験したりといった中でいかに最終的に勝利を手にするかが見もの。 そして史上有名なエジプトのクレオパトラとの出会い。女性が書いているだけあって男性にありがちな夢物語ではなく女性心理にもとづく紐解き方が面白い。次の巻に更に期待が高まる
カエサルの『ルビコン渡河』がなぜ世界史を変えた第一歩だったのかが手にとるように分かります。
著者の言葉を私流に置きかえるならば、『人間には3種類のタイプがいる。一つは、考えてから行動する人。二つ目は、行動してから考える人。最後は、それを同時に出来る人。』本書を読むと、カエサルのタイプは最後の種類なのだとよく分かります。 2,000年後の現代にもいない不世出の創造的天才。ギリシアのペリクレス、マケドニアのアレクサンダーよりもはるかに上を行く天才の能力がいよいよ発揮されます。 そして本書ではそれを抑揚感タップリに描いています。
ローマ人の物語(文庫版)の本ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上) (新潮文庫)
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