井上 雄彦の本
バガボンド―原作吉川英治『宮本武蔵』より (15) (モーニングKC (850))
この話は様々な経験を積んだ大人の方が心を揺さ振られると思う。何故ならそれは鐘巻自斎という男のキャラクターにある。
昔は名剣士と言われたが今では年老いて腕も落ち、しまいには自分の弟子にさえ負けて、自信をもなくして自殺を考えてる男。それが鐘巻自斎と言うキャラだ。 ある日、その自斎の前に赤子が現れ、その子を育ててほしいという頼みがくる。その赤子が佐々木小次郎。 剣の道にのみ生きて、他に何もできない自斎は戸惑う。だが、自分がいないと死んでしまう赤子と触れ合うことで、自斎の中に、消えかけていた生きる気力が蘇ろうとしていた。 それから9年の時が経ち、自斎に村の悪党を退治してほしい、という依頼がくる。年老いた自斎には勝つ自信がないが、世話になった村人の為に相討ちする覚悟でそれを引き受ける。だが、その悪党の前には何故か9歳になった小次郎がいて、、、となる。果たして自斎は勝てるのか。 誰かこの話だけでも映画化できないもんだろうか。傑作だ。
思う、が 一番?重要な殺陣がなっちょらん気がします。(動きのある絵然り) 言いだしたら限りが無いですが…殊更気になったのは、たけ…不動と、鐘巻との一戦でしょう。 この死合の最後、不動の一線を躱してるんです。 …回り込んで。 矛盾してません? 不動は左手一本、刀は物干し竿…のびるでしょう。かなり。 頭突きの後なら、ピョってるってぇ事で片付くんでしょうが… この後“右”肩口をけさに斬ってますからねぇ。 やはり認めるしかないのかよ…しゃがみ、回り込んだという事実、を。 ※JOJOなんか、馬車から降りる描写に、4コマ、5コマつかっちゃう(誉)んだから、 この辺、しっかり描いてほしいものです。
14巻〜18巻では、佐々木小次郎が生まれてから武蔵に出会うまでの物語が語られる。
鐘巻は、村の子娘を差し出すように強要する不動幽月斎の退治を頼まれる。すっかり剣の腕が鈍った鐘巻は臆して断ろうと考えるが、世話になった農家の娘が狙われていると知り、不動退治を承諾する。 一方、小次郎も、天鬼と共に不動退治を考えていた。小次郎は鐘巻よりも一足先に不動の家に辿り着く。小次郎は長剣を振り、子供と見て油断した不動の右腕を切り落とす。鐘巻は、不動が小次郎を切ろうとしたところへ来て、肉を切られながらも不動の命を絶つ。倒れた不動に対して笑いながら切りかかる小次郎。鐘巻は、小次郎を制止する。 この件以来、鐘巻の元に生徒が殺到するようになる。小次郎も剣を教わりたがった。しかし鐘巻は、小次郎を剣から遠ざける。 刀で切られた時の痛みを知らない小次郎は、刀を振り回して何かを切ることを無邪気に楽しむ。人の身体もモノと同じように切る。何の躊躇もせずに人を切る。現代のいじめ問題にも通ずる子供の残虐さ、無知ゆえの残虐さが、ここに垣間見える。残虐だが、人斬りとしては一流か。
15巻での大きな見せ場は、不動との戦闘シーンです。「不動様」と村人に恐れられる人物は、今までのバガボンドに無い、独特の持ち味をもって登場します。ビジュアル面でも、不動の登場以前まで、ペン画だったものが、筆を使って描かれるようになり、それが一層、物語独自の雰囲気を醸しているように感じました。
ストーリーでは、自斎と不動の戦闘後、豹変した小次郎に激昂する自斎の心理描写に、とりわけ印象の強さを覚えました。読んでみて損のない展開です。
9歳になった小次郎の純粋な可愛さと、彼を必死で守ろうとする自斎の親心に涙しました。
「鬼の子」と呼ばれた武蔵と、(今のところ)無垢であどけない小次郎の少年時代。しかし、小次郎の中にも少しずつ野生と狂気が芽生えて…。 この宿命の二人がどうやって出会うのか、小次郎の幼少編というストーリー自体が、原作にない「バガボンド」オリジナルなだけに、続きがとても気になります。
井上 雄彦の本バガボンド―原作吉川英治『宮本武蔵』より (15) (モーニングKC (850))
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