岩明 均の本
寄生獣 (10) (アフタヌーンKC (107))
感動、感動の連続でした。
最高の感動がこの巻では展開されておりました。 ミギーは最高です、新一も最高です。 ミギーと新一の友情は最終的に親友以上の関係になったと感じました。 ミギーにも人間らしい感情が芽生えて、よかったです。 右手だからミギー、最高です。 バトルもいつになく激しく、果てしなく楽しめました。 普通に闘いの描写がこの人は意外と、とても上手いです。 その場の緊迫感がビシビシと、こちらにも伝わってきました。 このナチュラルな感動は、読んでいて気持ちよかったです。 そして、なによりも巻末にあった付記で、 作者の方が指を切ったそうです、その指が再生したというのは、 正直驚きました。再生するんですね。
主人公、泉新一はひょんなことから得たいの知れぬ生物に寄生されてしまい、以後同居するはめになった。目的は寄生種の脳を奪い、人間を喰い殺すこと。新一と同居したミギーも当初の目的こそ同じであったが、脳を奪うことに失敗して以来、互いの命のために協力するようになった。人を殺し、その者になりすまして人間を喰らうこの生物は人間にとって害ある者にしか見えないが、彼らから見れば人間そのものもまたそうではないのかと問う。存在への問い、寄生者なる者から突きつけられることは画期的なことだ。人間は彼らを悪しき者として考えているが、彼らからすると人間の方こそが悪ということになる。生態系のバランスを崩し、地球を汚染したが故に。やがてその問いは再び新一に向けられることとなる。共生者として。
夢の中において見えるミギー(新一の寄生獣)は全く違った形をしているが、それはミギーから見ても同じ。つまり、視覚的な問題でもあり、内側を通して見たそれは不可視的なものになるということだろう。フィルターを通して見るものの差異である。それは内在化した自己自身の姿だと言い換えられる。新一とミギーとのこうした不可知的とも言える言わば無情な(どうしようもない)差異は結局私たちが互いにわかり得ないと知りながらもわかち合ったつもりで生きてゆくしかない私たちの孤独な姿である。哲学や社会学を突き詰めて考えればやがて辿り着く場だ。やがて来るあの別れは予期されていたものかもしれない。自己の子孫を残すことすらできないこの生物はどういう形にしろ共生してゆくしか生きる道はないのだ。「寄生獣」を通して見ていたものは結局彼らとの戦いは内在的なものでもあったということだ。この眼鏡は5つ星(5X)と見た。マンガ史に残る不朽の名作ですよ。
国の繁栄を思えば異国民、異人種への詐取や虐殺は仕方ない。
世界の繁栄を望むならば人間以外の多様な生命体の犠牲は不可欠である。 そして地球を維持しようとするならば、人間の存在自体を消すことが最善の方法であるというのは自明のことである。 あまりにも重くなった生態系ピラミッドの頂点たる人間の存在自体を消す為にパラサイトは地球に現れる。そして人間を生態系の一部に組み込もうとする。パラサイト達は非常に合理的な視点で世界を見る。そして地球を維持せよという命令のもとで単純に行動する。 しかし彼らには我々人間が非常に非合理的で矛盾した存在に見える。なぜなら我々寄生獣はすべての繁栄を望んでいるからである。 その狭間で葛藤するシンイチの心理が見ていて実に面白い。
新一はある決断を下す。泣きながら・・・。非現実的な設定でありながら、主人公は常に等身大の悩み苦しむ人間であり、それだからこそ、多くの人々に受け入れられる漫画なのだと思う。新一をとりまく友情・恋愛・親子関係・寄生生物・殺人鬼などを通じて、「人間とは何か」を深く考えさせられる。たくさんの人に読んでもらいたい漫画です。
新一と後藤との決着が見ものです!
岩明 均の本寄生獣 (10) (アフタヌーンKC (107))
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