沢木耕太郎の本
杯 WORLD CUP
「大御所」登場である。
これまでこの「大御所」は、その著作において何故かサッカーを取り上げることはなかった。 いまやサッカーはスポーツノンフィクションの最有力アイテムの一つと言って良いが、このある意味不可思議な「文学ジャンル」を確立した?大御所がサッカーと縁薄かったのはどうしてなのだろう? 本書を通じてその辺りの機微が垣間見える。 大御所の作品群の多くがそうであるが、本書もそのご多分に漏れず、観戦記であるとともに、紀行文であり、身辺雑記である。 W杯を戦う日本代表を中心に、韓国代表を、その他列強をカバーしたルポは精緻であるとともに、近年のサッカージャーナリズムが陥りつつある紋切り型の表現や切り口の弊から逃れることに成功している。 もっともそのあたりは、著者自身がサッカーに詳しくない故の、サッカー専門誌などで文章を発表してこなかった故のことなのかもしれないが。 そして、著者の身の回りに起こる出来事をふんだんに盛り込みつつ、筆を進めていくやり方は(その少々のアザトさも含めて)、大御所の真骨頂である。 遅れて出てきた2002年W杯ルポではあるが、大御所のファンは言うに及ばず、ワンパターンに陥ったサッカージャーナリズムに食傷気味の読者にとっても(「相変わらずの筆致だなぁ」と苦笑しつつも)、推奨されて良い1冊であろう。
今年はドイツワールドカップの年である。その前に先の日韓共同開催の大会について書かれた当書を読んでみた。当時の記憶が蘇ってくる。
私はサッカーファンでもなく、興味もない。しかし4年に一度この大会を見つめる人々の熱気とエネルギーにはいやでも興奮させられてしまう。 この時期私がいた国でも連日テレビで解説者が叫び、いたるところで人々が議論を戦わせていた。それ程熱心に見ていたわけではないが、いくつかの試合は「審判による不条理ゆえ」にとても記憶に残っている。その試合内容はその国でもメディアや人々が大変な怒りをもって伝えていた。しかし、それらの試合に関しこの本では殆ど触れられていなかった。 そこにスポーツの見方は人それぞれ、国民によって違うのだと感じた。 又、作者が語れなかった、もしくは語るべきではないと判断したのかもしれない。 今年のワールドカップも様々なドラマが生まれるだろう。ただ人々にいやな思いを残すような不正だけはないように、心底勝ち負けを超えて、試合を見たあと清々しい思いを残すような熱戦を繰りひろげてほしいものだと感じた。
現代の韓国、韓国人の姿に注目しながら読ませてもらいました。
また、あくまでも沢木さんの主観なのですが、 日韓のサッカー選手の姿勢と、その試合結果への反映が興味深かったです。 特に韓国トルコ戦のエピソードは、本書の中で個人的には一押しです。 ただサッカーの試合の描写については、 ずぶの素人とご本人が認めているだけあって、 いまいち、というか臨場感にかける気がします。 ともあれ、しばし三年前の熱狂を懐かしく思い出したのであります。
サッカーに関しては素人の著者が、日韓のワールドカップの試合を
激しく移動しながら観戦して行く、言ってみれば旅行記です。 観戦中の各地で考える著者の感覚は、熱狂的サポーターではない、 一般的日本人がもつ最大公約数的なものなのでしょうか。 サッカー素人の私から見ても、共感すべき点が多々あります。 そして、当時の自分自身の気分というのが、著者の思いとは別に思い起こされます。 そんな中で、ところどころにあるハッとするようなフレーズ。 さすが沢木氏と言うべきか、あの深夜特急が帰ってきたぞと思わせます。 往年の沢木ファンから見れば、堪らないところでしょう。 サッカー素人の沢木ファンには是非ともオススメの一冊です。
日本がトルコに負けたとき、韓国の人々が歓喜の声を上げて騒いでいた事への思いよりも、著者を新村まで車に乗せてくれた現地の若者の旅行者に対する接し方や、3位決定戦の後、韓国の選手がサポーターへの感謝の気持ちで行ったパフォーマンスに韓国の人々に対する羨ましさをおぼえました。
ワールドカップを世界で一番楽しんだのは韓国の人々なんだなぁと感じました。 旅行記として読むことをお勧めします。
沢木耕太郎の本杯 WORLD CUP
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